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キミのためにできること

リンパ腫と闘い5年5カ月生存した愛犬にしてきたこと

2017/10/21(Sat)

「死」を受け容れるということ③




こんばんは🍱,








今日はまたもや続きです









昨日書いたRへのお話は
序章でした
お空の国があって
そこはとてもいい所で
死んじゃったらみんないくんだよ、と
そんなお話でした









昨日みたいなお話を
何度も何度も繰り返して
Rに伝わったかはわかりませんが
(伝わったと信じることにしています)
つまりは自分に言い聞かせてたのでしょう
口に出して、Rと共有して
お空の国は楽しい所で
Rがいっても心配ないんだ、と
思い込むための儀式のようなものだったのかもしれません








不思議なもので
何度も口に出していると
本当にそう思えてくるのです









Rに最後の抗がん剤治療をして
段々と効かなくなって
ついに積極的な治療をやめた時
次の段階のお話をしました








『 R、お体にできたおできね

(この時Rは皮膚型リンパ腫になっていて、何箇所かにしこりがありました)

お薬が効かなくなってきちゃったんだって


それでね、違うお薬するのもできるんだけど、


Rのお体の元気がなくなっちゃいそうなのね


Rは元気でおいしくて楽しいのがいいでしょ?


だから、もう、お薬はしないことにしたよ


でね、お空の国にいく順番が


もうすぐ来るかもしれないの


それでね、お空の国にはね、Rが先に行くと思うの


ママは一緒じゃないの


でもあとから行くよ


順番だからしょうがないんだよ


だから先にお空の国に行ったら、いっぱい探検しておいてね


ママが行った時に案内してね


お空の国に行ってもRはいつでもママのとこに来れるんだよ


ただね、Rにはママが見えるけど


ママはRが見えなくなっちゃうんだ


でも見えなくてもRがそばにいるのはわかるよ


だから「いるわ〜」っておしえてね


お空の国の時間ははやく過ぎるから、
(勝手な私の設定です)


ママが行くまで長く感じないよ


だからね、いつも一緒なんだよ


もうお留守番しなくていいんだよ


ママのお仕事も一緒に行けるよ すごいでしょ?


お買い物もお出かけも、いつも一緒なんだよ


ママはRが見えないから、多分すごく悲しくなって


いっぱいうるうるしちゃうと思う



でもRがそばにいてくれるから、ママはがんばるからね


応援してね 応援はお得意だもんね


いつも一緒 ずっと一緒 だから安心だよ


順番くるまで、いっぱい楽しくしようね


おいしいのもいっぱい食べよう


いっぱいぎゅーしようね


R、だいすきよ


大丈夫だからね こわくないよ 』


『ママにまかせるわ〜 おしごといっしょにいくわ〜 あんし〜ん』
(私の想像するRの声)









これも何度も何度も
Rに言い聞かせるように
自分に言い聞かせるように









今でも悲しくてたまらない時
「R、いる?」と問いかけると
「いるわ〜!ママ〜、あんし〜ん」と
Rの声が聞こえます
(と信じることにしています)









それでちょっと慰められて
生きていられてます









Rのためだけど
Rのいなくなった世界で生きるための
儀式のようなものだったかもしれません








Rのいなくなった世界を生きるようになって
Rに語ったあの日々は
本当に大切な時間で
何度も繰り返して良かったと
今でも思っています








今この時を
辛く苦しいたまらない気持ちでおられる方
いっぱいさわって
いっぱい抱きしめて
その感触をにおいを覚えておきましょう
「会いたくなったときの分まで」
「淋しくなったときの分まで」
私はそうやって、
Rを心に焼きつけました









あなたの愛は必ずわんこに伝わっていますよ









今日はRがうちの子になった記念日でした








動物クッキーを焼いてお供えしました








ではまた🍓




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2017/10/21(Sat)

「死」を受け容れるということ②




こんばんは🍩








昨日から重いテーマになってます
ごめんなさい









ここは目を背けて通りたいところです
「いつか治るかもしれない」と思って
見ないふりをしたいところです









私だって辛かった
目を背けたかった









私はおなかにぐっと力を入れて
あえて正面から見ました









私はRとふたり暮らし
最初は3人暮らしだったのですが
事情があって
ふたりきりになりました
だからRとは15年くらい
ラブラブべったりでした








すごく辛くて大変だった時も
病んだ時も
いつもRが
「ママ〜だいじょうぶだわ〜 おうえん〜」と
支えてくれました









もう私は
Rありきの人生になっていました









こんな私がRを亡くしたら……
遺されたあとの
壮絶な悲しみの毎日が
容易に想像できます









生きるのが辛くなるかもしれない









でも生きていかなきゃいけない









ただでさえ悲しみに息も絶え絶えであろう毎日に
「後悔」まで背負ってしまったら
本当に地獄の毎日になるでしょう









「悲しみ」は避けられない
「後悔」は減らせられる










「もっとああしてあげれば良かった」
「もっとこうしたかった」
ときっと思ってしまうのでしょう
それでいっぱいいっぱいになったら
私はちゃんと生きていける自信かありません








だから、これを少しでも減らせられるなら









自分が大事なのかと言われそうですが
自分が後悔しないために
Rの死を受け容れて
Rのためにいろいろするということは
Rが満足できる生活を送れる
ということでもあると思ったのです








Rは人のお話をじっとよく聞く子でした
もちろん
100%理解できてはいないでしょう









私はRにこれからのことを
お話しようと思いました
ただの自己満足だと言われそうですが
でも、Rと一緒に分かち合いたかった
決して暗い気持ちではなく
やさしく前向きに
一緒に「死」を受け容れたかったのです









話したところで
そんなもの理解できないのが現実でしょう
でも話さずにはいられませんでした








頭の中でいろいろ考え
お話を組み立てました
Rがいく天国は
Rにとって楽しいところじゃなきゃいけません
だからRにとっての
最高の天国を考えました









みんな自分が思い描く天国に
いけるような気がしたから
強く思い描けば
そこにいけるはずだと思ったから










でもさすがに
なかなかRに切り出せませんでした
切り出すのには
ずいぶん気合いが必要でした









でもあんまりゆっくりしていたら……


私はRが最後の再発をした時に
まず天国のお話をしました
私たちは「お空の国」と呼んでいました








話したのはこんな感じ
お散歩中に空を見ながら
おうちでまったりしながら
何度も何度もお話しました










『R、お空キレイね〜 すごいね〜

R、お空にはねお空の国があるんだよ

いつもお天気よくて気持ちいいの

ごはんもお菓子もいーっぱいあって

いっぱい食べても大丈夫なんだよ

いっぱい食べてもおブタにならないし、

病気にもならないんだよ

今、お足がちょっと動かしにくいよね

それも治って、前みたいにビュンビュン走れるんだよ


サッカーもいっぱいできるよ

もう病気にならないしケガもしないんだよ

ずーっと元気なの

毎日すごく楽しいんだよ

みんないつかね、死んじゃったらいけるんだよ

ママもRもいつかいくんだよ

でも順番があってね、まだいけないんだ

だからまだ行っちゃダメだよ

行くときにはまた教えてあげるからね






R、楽しみだね

楽しみにして、今は毎日お空の下で楽しくおいしく過ごそうね』




『え〜 すごいわ〜 たのしみ〜』
(私が想像するRの言葉)










これはまだ序章で
時を経ていく毎に話が付け足されていきます









こうやって何度も話す度に
私の中でも「お空の国」が構築されていき
そんなとこにいけるならいいな、
と思えるようになりました









Rはいつも私の目をじーっと見て
お話を聞いていました









悲しいけど、やさしい時間でした🍓









次回はもう一段階先に
Rにしたお話の内容を
書いていこうかなと思っています









悲しくさせてしまったらごめんなさい🙇
でもこうやってきたからこそ
今の私があるわけで
最低限の後悔はしていますが
やさしい気持ちでいれるのです









ではではまた🐰





2017/10/20(Fri)

「死」を受け容れるということ①




こんばんは🍮









Rがリンパ腫という
命にかかわる病気になって、
その事実をどうやって受け容れたか









あくまで私個人の考え方です
宗教の考え方とか
何もかも気にせず考えた、
私が納得して受け容れられる考え方です








ずいぶん前のこと
まだRがこの世に生まれてなかった頃
ある本を読みました








熊沢健一さんという方が書いた
「告知」という本
わんこには全く関係のない人間の話です








著者の熊沢健一さんは外科医
奥さんがスキルス胃がんにかかります
かなり進行していて末期状態
そして小学生と幼稚園児の3人の子供たち
もう、長くは生きられない
告知せず何も知らないまま逝かせるべきか
それとも……









最近ではがんであっても
本人に告知するのが主流なんだと思います
でもこれが書かれた当時は
告知されないことも
多かったはずです









著者は考えます
そして告知することに
そして「ママは死んでしまう」と理解させて
きちんとお別れさせたいと
子供たちにも告知するのです








告知の後
妻も子供たちも動揺し
怒ったり泣いたり問題は山積みに








でも少しずつ受け容れられ
「死」と向き合います
まだ動けるうちに
母として子供たちに
きちんとわかるようにお別れをし、
遺品を渡します
子供たちもそれぞれの心で
「ママは死んでいく」ことを理解していきます









もちろん著者であるご主人も
苦しみ、「本当にこれでよかったのか」と
自問自答します








奥さんの希望をきいて
思い出の地に2人で行ったり
出来る限りそばにいれるよう、
自宅で死の間際まで看病します








そして亡くなってしまうのですが
子供たちは涙を流しながらも
「ママは死んでしまってもういない」と
理解しているので
混乱はしません








最期の時も
「苦しそうに見えるけど、ママは眠ってるから苦しくないんだ。もうすぐお別れだよ。天国に行けるようにみんなで手を握ってあげよう。あの機械の数字(心電図)が0になったらママは天国に行くんだ。」
とみんなで悲しいけれど
やさしいお別れができました








妻にとってはもちろん
死ぬということは
悔しくてたまらなかったでしょう
でも、告知によって
子供たちときちんとお別れができ、
夫とも思い出を分かち合えた








子供たちもそれぞれに
悲しいけれど、
きちんとお別れ出来たことで
今後もママがいないことを受け容れて
成長していける









そして著者はこれで良かった、と
子供たちと生きていく








そんなお話で実話です








私はこれを読んだ時
すごく衝撃を受けて
ずっとずっと心に残っていました









そしてRのリンパ腫診断から
いろんなことを思い考えるうちに
この本のことを思い出しました








私は職業柄(人間の看護師)
それなりに人の死をみてきました
何度もみていて印象的だったのは
遺された家族にとっての
「死の受け容れ方」でした








ご家族の方には
「亡くなっていくけれど、精いっぱいのことをしてあげよう」と考える方

「病気なんかに負けない。絶対打ち勝つ。死んだりさせない。」と考える方

ほかにもいろいろだとは思います









私の経験なんてたいしたものではありません
ですが、その経験の中で
感じたことがありました








きちんと死を受け容れて
(もちろん、出来れば快方に向かって欲しいと思ってますよ)
やってあげたい事をしてきたご家族は
静かでやさしく最期を看取りました








死を受け容れられず
いつか治ると信じて
心の準備が出来ずに
いつも前へ前へと突き進んでいたご家族
最期の時は
納得のいかない死に
大きく壮絶に悲しみ
憔悴しきっていました









死は悲しいものです
みんな憔悴します
ただそこに流れる空気が違う感じがしました








「私はやりきった。◯◯してあげれたし、◯◯もしてあげれた」
こう思えるときっと
悲しいけれど、とても悲しいけれど
少し救われるのではないでしょうか








死んでいく人は逝ってしまっていなくなるけど
自分はこれから
この悲しい世の中を
生きていかなければなりません








私はそうなった時に
どうやったら
後悔しないRの送り方が出来て
どうやったら
Rのいなくなった世界で
後悔少なく生きていけるのか
それを考えるようになりました








「まだ元気にしてるのに、今からもう死ぬことを考えるなんて縁起が悪い」
と思う人は多いと思います









でも「その時」がいつ来るかは
誰にもわからないのです









今日かもしれない
明日かもしれない
1ヶ月後、半年後、1年後……









差し迫った状況の中で
そんなこと考える余裕はないでしょう








余裕のあるうちに
いろいろと考えて受け容れて
納得のいく気持ちで
送り出してあげたかったのです








突然死や事故で亡くなるのと
病気で亡くなるのと
遺された飼い主さんの気持ちは
だいぶ違うんだと思います









私はRがこんな怖い病気になって
すごく悔しいし悲しかったけど、
でも恵まれている方だと思いました








お別れをする時間が与えられているから








事故や突然死で愛犬を亡くされた方には
かける言葉もみつかりません
そっと見守ることしか
今の私にはできません








でも病気で愛犬を亡くす、という
耐え難い体験をした私には
亡くして半年経って
いろんな気持ちが巡る私には
こんな経験をしたからこそ
みなさんにお話できることがあります








時に
「病気になって良かった いろんな有難さがわかった」と言う人もいます
私は決して
病気になって良かったとは思っていません
そりゃ出来れば
元気なままで、
自然に逝かせたかった









自然死にはかないませんが
病気だからこそのいいことだって
あるんだ、とは思っています









デリケートな話題なので
いろいろ書くのをためらってしまいます








でもものすごく大事なことなので
いつかは書こうと思っていました









多分長くなります
何回かに分けていこうと思います🍓








具体的にRとどんなお話をしたのか
今後少しずつ書いていきたいと思います








元気なうちから
いっぱいなでてあげて下さい
いっぱい大好きと言ってあげて下さい
いっぱいお話してあげて下さい









おやすみなさい🌙






プロフィール

strawberryらず

Author:strawberryらず
2017年4月9日、かけがえのない大切な愛犬が旅立ちました。リンパ腫でした。
病気の早期発見、早期治療、日々の管理、観察の大切さなど、「これはやって良かった」と思えることや「もっとこうするべきだった」と思ったことを、伝えていきたいと思いブログを始めました。
私自身が看護師(人間の方)なので、病気の説明などもわかりやすくできたら、と思います。

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