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キミのためにできること

リンパ腫と闘い5年5カ月生存した愛犬にしてきたこと

2021/02/21(Sun)

あの手術の日




こんばんは🐱









最近、あちこちのブログで
術後服姿のわんにゃんを見かけます
大抵はみなさん避妊去勢術後なのですが
「術後」というと
私の胸の中には
ある光景が蘇ります


















Rは実にたくさんの手術をしました
全身麻酔によるものは7回
(確定診断のための組織採取の手術1回を含む)
特に乳ガンについては数回
回数だけ聞くとびっくりですし
何でそんなに?かわいそう!と言われそうですが
どれもきちんと考え
必要と判断してやってきました



















どの手術も無事に終わり
うまくいきましたが、
特に印象に残っているのが
ひとつあります


















13歳の時の乳ガンで
「左側乳腺全摘出術」という大きな手術です
要するに左側の縦に5つある乳腺を全摘出しました
コーギーなのでより長い手術創(しゅじゅつそう=手術で切った傷)になり、
約50cmくらいはあったと思います
それだけ広範囲に切られると
人間でもかなり痛みはあるはずです

















Rもその時はさすがに入院になりました
(それまでの手術は日帰り)
しかも3泊!
(予定では4泊だった)

手術終了後
麻酔から覚醒してしばらくしてから
面会に行った時のことが
忘れられません


















入院室のケージから出してもらったRは
胴体に包帯ぐるぐるの痛々しい姿で
私を見つけて駆け寄ってきて
聞いたことのないすがるような声を出して
私に飛びつきのぼり、

「ママ───っ!! おうちかえろうっっ!!
おうち──────っっ!!」

とものすごい声で泣きが入ってました
めちゃくちゃ痛いだろうに
なりふり構わず、ママ───っ!!と飛びついて離れないのです



















私はRの傷が開いてしまうことを心配し
また明日来るから大丈夫、と
ぎゅうっとして
すぐ帰りました
ほんとはもっとそばにいてあげたかったけど
あの場合、そばにいる方がよくないと思い、
ぐっと堪えて帰ったのでした



















あんな風なRの、すがるような
切羽詰まったような声を聞いたのは
後にも先にも
あの時一度だけでした



















あの時のことを思い返すのですが
きっとものすごく痛かったんだなぁ
あまりに痛くて
目が覚めたらめちゃくちゃ痛くて
びっくりしたんだろうなぁ
しかも病院に置いていかれて
さぞ心細かっただろうなぁ
痛くても私に飛びついて
必死で一緒に帰ろうとしてたんだなぁ

今さらだけど
そんなことを思っては
あの時のRをもう一度抱きしめてあげたくなるのです



















本当によく頑張った子でした



















あんなに痛い思いをさせてしまったけど
それは本当に申し訳なかったけど
でも
あの手術を選択した判断は
間違ってなかった、と思っています
あの選択をしたからこそ
そのあとのRにとっての楽しい時間があったと思うから



















リンパ腫と違って
乳ガンは転移さえしていなければ
取り除くことも可能です





















きっとRは
「そんなのもうわすれたわー」
と言って、「うふっ」としてると思いますけどね






















私にとっては
耳に今も残る、
忘れられない思い出です

「乳がん③」














今日もありがとうございます🍓












その時の傷

ちょっとすごいので、苦手な方はここで閉じてくださいね!













































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よく頑張りました













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2021/02/07(Sun)

謎のまま




こんばんは🍑










今日は久々に
Rの昔話にします🍓

















これまでにも書いてきましたが
Rはテレビに反応しない子でした
テレビでわんこが吠えていても
テレビの中でピンポンが鳴っても(本物が鳴った時は「わんっわんっ」と吠えるのに)
全くの無視でした














そんなRがある日
テレビの真ん前にびしっとおすわりし、
画面をガン見していました
それはそれは真剣そのものでした
















テレビには
タモリさんが映っていました(笑)

















なぜタモリ?!
わからないけど、Rの視線は明らかに
タモリさんの姿を追っていました
タモリさんが何かおもしろい動きをしているわけでもなく
ただ、ぶらぶら歩いてるだけ


















その後、本当にタモリさんが気になるのか
それともただの偶然なのか
私は気になって
次週になり同じ番組を見せてみました

















すると‥‥
やはり同じように
Rの視線はタモリさんに釘付け!でした(笑)
Rの知り合いでタモリさん似の人もいないし
本当に謎でした




















でもなぜか
数週間もすると
タモリさんには全く興味を示さなくなり
元通りのRに戻りました



















あれは何だったのか
今も謎のままです



















今日もありがとうございます🍓










にっこにこ

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2021/02/01(Mon)

気分を害するおじいさん




こんばんは🍅










最近、やたらと何故だか思い出すことがあって
そのことを書きます🍓



















今の家に来てからのこと
Rが2度目の寛解の期間の頃のこと
とても気分を害するおじいさんがいました

















時々車で足を伸ばして行ってた、ヨットハーバーのお散歩
そこにはコーギーばかりが集まってるグループがあって
みんなと仲良くさせてもらってました
みんなとってもいい子たちで
そして
コーギーあるあるで
みなさん、よく食べる子たちでした
だからいつも
それぞれのおかあさんがおやつを持参していて
ちょこちょこと
お楽しみのおやつタイムがありました
私もおやつを取り出す動きをしただけで
すぐに5コーギーに包囲されました(笑)


















そんなヨットハーバーでは
わんこのお散歩だけではなく、
ウォーキングやランニングなど、いろんな人がいました
そしてそのおじいさんは
大抵毎回現れました



















わんこを飼ったことのない人には
よくわからないかもしれないのですが、
わんこのお散歩中には
時にお友だちのおかあさん以外の人でも
おやつをくれることがあります
そしてそういう時には
手のひらにおやつを載せて
口元に持ってきてくださるか、
あるいはおやつをつまんで
お口のそばに持ってきてくださいます



















そのおじいさんもおやつをくれる人だったのですが
いつも私たちは言葉をなくしました




















Rは、その日初めてだったのですが
R以外の子がおじいさんを発見すると
「おやつのひとだ!!」
と一目散におじいさんの元へ飛んでいきました
私とRも少し遅れて行ってみると
おじいさんは、コーギーズから少し離れた所に立ち、
カリカリを掴むとコーギーズに向かって投げました
置いてあげる、ではなく、
投げ放ったのです



















もちろんコーギーズはそんなこと気にしませんから
必死でばらまかれたカリカリを食べていました
おじいさんはコーギーズを撫でるわけでもなく
ただ、見ているだけ
コーギーズが寄って行っても無視

一歩遅れてその場にたどり着きかけたRを見て
おじいさんはまた
カリカリを掴んで
Rめがけて思いっきり投げつけてきました
すごい勢いで飛んできたカリカリは
Rの顔から体、あちこちに当たりました
こんな経験はもちろん初めてで
私は信じられませんでした
そしてものすごくイヤな気分になりました
地面に落ちたカリカリを一生懸命うれしそうに食べてるRを見て
とてもとても悲しい気持ちになりました



















あんな風にくれるなら
もらわない方がいい
私はそれ以来
そのおじいさんを見つけると
そばに行きたがるRを制して
私がおいしいおやつをあげました



















おじいさんに悪気はないのかもしれないし
わんこ好きだからこそ
おやつを持ってきてるのかもしれない
でもどうしても
何かが許せなくて
私はキライだったなぁ



















100歩譲って
足が悪くてかがめないのか?とか
手が不自由で投げつけるようになってしまうのか?とか
いろいろ考えたりもしましたが
どう見ても健康体でした



















今さら思い出してムカついても仕方ないけど
思い出すたびに
やっぱり腹が立つのでした


















今日もありがとうございます🍓










ヨットハーバーで

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2020/12/20(Sun)

なぜ看護師になりたかったか②




こんばんは🐔









前回の続きです🍓
















なんで私は看護師になりたかったか?
母についてくれた実習生の
真っ直ぐな看護師への情熱をみて
ふと考えたのでした


















昔、6歳で入院してた時のこと
その頃のことを思う時
必ず思い出す看護師さんがいます
小児科病棟でしたから
看護師さんの名前は
白衣の胸にひらがなで刺繍されていました
(現在もネームは刺繍が多いです 患者さんを抱えたりした時に、プレート状の名札だと傷つけちゃうことがあるので)
その人は「べっぷさん」といいました

















すごくやさしくて忘れられない、のではなく
その反対で
とにかくめちゃくちゃ怖かったのです
今の私から見たら大したことはなかった程度ですが、
6歳の私には恐怖対象でした

ごはんを残すと怒られる
夜中に見回りに来た時に寝たふりしてると
見破られて怒られる
言葉遣いが悪いと怒られる‥‥
いつもビクビクしていた記憶があります



















べっぷさん以外の看護師さんはやさしくて
だからただ一人、
べっぷさんには細心の注意を払いつつも
まだ幼い私は注意を払いきれず
よく怒られてました



















そんな入院生活が4ヶ月を迎えた頃
退院が決まりました
私はうれしくって
本当にうれしくってたまりませんでした

今の時代はそんな風にはしていないと思いますが
あの当時は面会がすごく制限されていて
とにかく安静が必要な病気だったため
面会は週に2回だけ
木曜は15時~20時
日曜は13時~20時
今でもはっきり憶えてるくらい、
その日が待ち遠しくてたまりませんでした
6歳の子が週に2回しか親に会えない
本当に寂しかったです
だから退院できると聞いた時は
ずっとおうちにいれる、ずっと両親といれる、と小躍りしました


















退院の日
パジャマから久しぶりに私服に着替えていると
看護師さんたちが
見送りに来てくれました
みんな「良かったね!」「元気でね」と
笑顔で見送ってくれる中
ひとりだけ何も言わずに
涙を流している人がいました
べっぷさんでした


















私はもうびっくりしてしまって
目を見開いてべっぷさんをじっと見たことを憶えています
べっぷさんは
最後まで何も言いませんでした

幼い私にはまだよくわからなかったけど
でも
その時に初めて
べっぷさんがとてもやさしい看護師さんだったことを本能で理解しました

















今でもあのシーンは鮮烈に思い出すことができ
なんだか
ほんわかとあったかい気持ちになります




















中学、高校と時に「保健委員」というものに当たっていましたが
その時に転んだ人の傷の手当てとか
そういったことをするのが好きだったし
べっぷさんの思い出もあり
健康って大事だ、という自身の経験もあり
また安定している職業でもあるため
最終的に私は「教師」は選ばずに
「看護師」を選んだのでした


















学生時代ももちろん大変だったけど
就職してからの方が大変でした
20年ちょっとしか生きてきてないのに
人の生死にかかわり
重くてしんどくて
私はいつも逃げたいと思ってきました
とにかく必死で
絶対に失敗しないように
失敗したら人が死ぬのだと思って
ただ夢中で駆け抜けました



















人生もそこそこ経験値を積み
辛いこと、悲しいことをたくさん経験し
若い頃とは違って、少し余裕が持てるようになり、
痛みを知った分
人の痛みもわかるようになり
少しは人にやさしく出来るようになったと思います

まあ、前線の看護師に比べたら
ほんっとに大したことは出来ていませんが


















動物の看護師ではないけど
人間の医療の知識が大いに役立つことをRの時に知って
病気の子を支える方や
病気と闘っている子の役にたちたい、と
心から思っています

















今日もありがとうございます🍓










車でねむねむ

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2020/12/18(Fri)

なぜ看護師になりたかったか①




こんばんは🐮











昨日、母が無事に退院しました
ご心配いただいた皆様、
温かいお言葉を
本当にありがとうございました🍓



















母には看護実習生がついてたと書きましたが
いつもすれ違いで
会えませんでした
もう会えないかなぁなんて思ってたら
昨日、最後の最後に会うことが出来ました
退院のお会計のところまで
荷物を持って付き添ってくれたのです

















もうなんというか
世間の荒波にもまれ擦り切れた私とは違い、
まっすぐな瞳をした、
透明度100%の心で「看護師になりたい」と願う純粋な女の子でした
キラキラしてまぶしかった


















私が何者か(看護師だということ)知っているので
緊張の面持ちでいろんなことを質問してきてくれました
私も何だかうれしくなって
ちょこっとアドバイスしたり
実習の時の思い出話をしたりしました

順当にいけば
2年後にはもう看護師として働いているのです
なんか感慨深いなぁなんて思いながら
お礼とエールを送って
病院を後にしました


















何だかフレッシュな空気を吸った感じで
ふと思いました

私ってなんで看護師になりたかったんだっけ‥‥?


















私が大学受験を考えてた頃には
「看護師」一本で志願してたわけではなく、
「教師」という道も考えていました
悩みに悩んで
「看護師」を選んだのです


















私は幼少期、体が弱く
小1の時には4ヶ月も入院したことがあり
その後も何年かは生活に制限がありました
体育は見学
給食は持参のお弁当
学校も午前中だけ通ってたことも
小学校を卒業する頃には
一切の制限が解かれ
健康体になったのですが
いきなり解かれても本人はあまり喜ばしくありませんでした



















だって大変でしたよ
いきなり体育やってもいいよ、って言われても
ほぼやったことないのに
みんなについていけるわけがありません
給食だっていきなり食べてもいいよ、って言われても
食べたことないものだらけ
普通ならうれしいはずの給食は
私には拷問の時間でした
(カレーとかは嬉しかったけど)



















高校に入る頃にはいろいろと克服でき、
運動部に入ってびっくりするほどしごかれたら
運動神経も並の人になりました
私は病気をするつらさよりも
後の方が大変という印象でした
そしてその頃の私なりに
「健康って大事なんだな」と考えたり
入院中のことを思い出すと
きまって看護師さんのことを思い出しては
ああいう仕事もいいかもしれない、と思うようになり
看護師を目指すことにしたのでした


















また続きを書きます🍓










うふっ

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プロフィール

strawberryらず

Author:strawberryらず
2017年4月9日、かけがえのない大切な愛犬が旅立ちました。リンパ腫でした。
病気の早期発見、早期治療、日々の管理、観察の大切さなど、「これはやって良かった」と思えることや「もっとこうするべきだった」と思ったことを、伝えていきたいと思いブログを始めました。
私自身が看護師(人間の方)なので、病気の説明などもわかりやすくできたら、と思います。

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